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『生命のメッセージ展』に託す想い

「生命のメッセージ展」実行委員会 代表 鈴木 共子氏


 昨年3月に16体でスタートしてから1年ちょっとで、こんなにも大きく成長した「生命のメッセージ展」です。産みの親としては、我が子の誇らしき成長を見る思いがして感激しております。
 理不尽に愛する家族を亡くされた遺族の方、またそうではない方もいらっしゃると思いますが、どうぞ共に遺族の方々が語る、亡き愛する家族の代弁者としての想いを聴いて頂きたいと願っています。それぞれお話して下さる方の側には、亡き愛する者がいます。応援してくれることは間違いありません。

 まず息子の事件のことから話させて下さい。
 一昨年の4月9日、私の一人息子、鈴木零と友人の丹野一平君が歩道を歩いていた所を、飲酒、無免許、無車検、無保険、おまけにスピード違反の暴走車に後ろから激突され、二人とも殺されました。
 息子は1年間の浪人生活を経て、憧れの早稲田大学第一文学部に合格し、入学式を終えての事故、いえ事件です。予備校で知り合い意気投合し、生涯の友となるはずであった親友の丹野一平君と共に、夢を語り合いながら、我が家に向かっている途中の出来ごとです。ちょうどその現場が橋の上で息子は19メートル下のコンクリートの土堤にたたきつけられたのです。
 あろうことか息子も一平君も共に母ひとり子ひとりの母子家庭でした。「息子命」とただただ我が子の幸せを願い、我が子のためにとがんばってきた私たち母親から、一瞬にして最愛の我が子が奪われてしまったのです。

 犯罪被害者遺族となって様々な理不尽な体験をさせられることになるのですが、一番許し難かったのが、加害者の裁かれる刑のあまりの軽さです。飲酒、無免許、無車検、無保険、スピード違反という悪質の極みのドライバーに科せられるのは「業務上過失致死罪」で、その最高刑がたった5年の懲役だというのです。あきらかに、あきらかに殺人なのに、なぜ業務?なぜ過失?納得できませんでした。
 遊びで運転しても、無免許で運転しても、何人殺しても、みんな業務上の過失として裁かれると知ったときの驚きと憤りは言葉で言い表せません。後で命とは関係のない「窃盗罪でも最高10年」「詐欺罪でも最高10年」と聞いて、我が耳を疑いました。

 警察での事情聴取を終えて、事故の衝撃で脱がされ飛ばされた息子の遺品の運動靴を抱えて帰る道すがら、それは風のささやきなのか、私の想像か定かでありませんが、息子の声が聴こえたのです。「共子さんやってくれよ。あなたなら出来る。俺たちの為に。かけがえのない命のために・・・。」
 その時私は決心したのです。理不尽な法律を変えよう。息子たちの死を無駄にしないために。「命の重み」がきちんと反映されるように法律を改正してもらおう。零君や一平君が生きていれば成しえたであろう彼らの仕事としてやり遂げよう・・。
 それが井上夫妻と合流しての「悪質ドライバー」に対する量刑見直しの署名活動です。

 署名活動をハードとするなら、ソフトな活動として企画したのが「メッセージ展」です。
 思えば、事故後初めてのお正月。辛くて悲しくて苦しくて、ずっと一人部屋にこもっていました。朝からお酒を飲んで、号泣しながら見えない息子に話しかけていました。「なぜ死んじゃったの?なぜ?」と答えのない問答をしていた時、ふとひらめいたのが「メッセージ展」のヴィジョンでした。そしてまた私には聴こえたのです。「共子さん、あなたなら出来る」と。それからはアトリエにこもって狂ったように模型を作りました。
 それがこんなに早く、そしてこんなに大きく展開していったということは、見えない天国の彼らの大きな力を感じています。開催ごとに参加者が増えていくのは悲しいことですが、理不尽に奪われた命はこんな数ではありません。そして、今この瞬間にも新たな犠牲者が増え続けているのです。
 メッセージ展の主役は理不尽に奪われた命たちです。犯罪であれ、事故であれ、いじめ自殺であれ、医療ミスであれ、一気飲ませの 犠牲者であれ、いずれもその死の原因を社会問題として考えていかなければならない犠牲者たちです。原因はどうであれ残された遺族の悲しみ、苦しみは一緒です。 私たちの共通の思いは、亡くなった家族の記憶をいつまでも持ちつづけたい、存在を忘れずに知って欲しい、事件、事故の事実と原因を風化させたくないということです。私たちは亡くなった家族が、人々の記憶から薄れ、忘れ去られることが一番辛いのです。
 それが等身大パネルとなって愛する家族が蘇り、新たな生を受けて彼らしか出来ない役割、「命の重み」を伝えるという大事な役割を担って、全国へ旅立つのだというファンタジーは、私たち遺族の慰めにつながります。そこには悲しみを越えて、前向きに生きていこうとする残された家族の精いっぱいの姿があるのです。